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住職紹介

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村井龍大

青森県弘前市生まれ。佛教大学仏教専修科卒業(大本山 清浄華院内浄山学寮)。平成7年 総本山知恩院にて伝宗・伝戒道場成満。平成8年 専求院・副住職就任。平成13年大本山増上寺にて璽書伝授伝戒道場成満。平成22年 専求院・代表役員・住職就任。

みなさんはお寺にどのようなイメージをもっていらっしゃるでしょうか。

ご先祖さまのお墓がある場所、お願い事・誓いの場所、またはお葬式や法事の場所。どれも正解です。
いつも見守ってくれる仏さまやご先祖さまがいらっしゃる。そして大切な家族や友人、ペットをご供養する場所でもあり、また私たちの心を癒し、整えてくれる場所でもあります。
供養とは、自分以外のものに対して見返りを求めずにつくし、自分も一緒に救われていくこと。つまり、私たち自身も供養され、救われるのです。

専求院では、訪れた人と人を仏縁で結び、お釈迦さまの教えを通して悩み多き人生を乗り越え、生きるための智恵を学ぶお手伝いをさせて頂きたいと思っております。生まれた時から亡くなるまで、お寺のある暮らしを誰でも気軽に体験できるお寺を目指しています。

終活カウンセラー

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村井麻矢

終活(終焉を迎えるための活動)は、未来の見えないこれからの人生を、よりよく生きるための活動です。死を意識して生きることによって、今の過ごし方が大きく変わります。意識が改革され、今を楽しく有意義に過ごして欲しいと願っています。

また、ひとりの母親として、ぜひお父さん・お母さんたちに終活の一つであるエンディングノートに記入をすることをおすすめしています。記入のお手伝いも致します。万が一のことがあっても、遺された子供が迷わないように。エンディングノートをみることで、子供が心安らぐように。

仏教も終活も子育ても、精進の日々です。みなさま一人ひとりがよりよく生きるためのお手伝いができたらと思っています。ブログの中で終活に関することも書いています。ぜひご覧ください。

境内案内

弘前市 専求院 本堂

ご本尊(阿弥陀仏)

専求院 ご本尊

はるか遠い昔、一人の王がいました。
王は、世自在王仏(せじざいおうぶつ)という仏の教えを聞き、心から感激しました。
そして自分も仏になり、人びとを悩みや苦しみから救いたいと願うようになりました。
そこで王は、王位を捨て出家し、世自在王仏のもとで法蔵と名のり修行することにしました。この法蔵菩薩は、五劫(ごこう)という、とてつもなく長い期間にわたって思いを重ね、四十八の願いを立てられました。苦しみのない安楽の世界、極楽浄土を実現するための願いです。
この中の第十八の願で法蔵菩薩は「人びとが心から極楽に生まれたいと願っても、それができないのであれば、自分は仏には成らない」と誓いました。

お釈迦様はこうおっしゃっています。法蔵菩薩の四十八願はすべて成就し、阿弥陀仏となった。そして、ここから西方の十万億の世界を越えた極楽浄土におられると。
南無阿弥陀仏と名を呼ぶ者は、誰一人もれることなく、安楽の極楽浄土に生まれさせてくださるのが阿弥陀さまなのです。

地蔵菩薩

地蔵菩薩は、最も弱い立場の人間を救済する菩薩であるとされ、特に子供を守る仏として知られています。賽の河原にたどりついた水子も、現世に生きている子供も、すべて救済する存在なのです。

幼い子供が親より先に世を去ると、親を悲しませたり親孝行の功徳も積んでいなかったりすることから、三途の川を渡れないとされてきました。そして、賽の河原で鬼のいじめにあいながら、石の塔婆作りを永遠に続けなければなりませんでした。
地蔵菩薩は、この賽の河原に率先して足を運び、鬼から子供たちを守り、仏法や経文を聞かせて徳を与え、成仏への道を開いていきました。

このようなことから、地蔵菩薩は子供と関わりの深い仏として古くから親しまれているのです。

観音堂

観音堂

観音菩薩

専求院 脱衣婆

観音菩薩は、その字のごとく、苦しむ私たちの姿を観て、悩みの声を聴いて、救済してくださる菩薩です。
菩薩には52段階の位があり、観音菩薩はその最高位におられます。
観音様は、今すぐその上の如来(仏)の位を得て仏の国に行けるのですが、あえて出世せずに、苦しむ私たちの近くにいて、衆生救済しているのです。

閻魔大王

専求院 閻魔大王

亡き者が閻魔大王の前に連れて来られるとまず、手元の帳面を見ながら罪状を述べます。閻魔帳には本人の罪やよい行いをしたことなどが書かれています。
本人は弁解することができますが、うそをついたことがわかった時には舌を抜かれてしまいます。
それから閻魔大王は、浄玻璃の鏡といって、水晶でできた大きな鏡も持っています。この鏡には、本人の生前の行動がそのまま映画のように映し出されます。
周りにどんな影響を与えたのか、本人の行動によって周りの人がどんな悲しい目にあったのか、映し出すのです。
そして最後に、閻魔大王は亡き者がどこに生まれ変わるのかを言い渡します。生まれ変わる世界は、地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間道、天上道の6つのうちいずれかであり、これを六道輪廻といいます。

奪衣婆

専求院 脱衣婆

死後に渡るとされる三途の川(さんずのかわ)のほとりには、衣領樹(えりょうじゅ)と呼ばれる木があります。奪衣婆はこの木の下におり、亡き者の衣類をはぎとって、枝にかけます。
そしてその枝のしなり具合、つまり衣類の重さで、亡き者の罪の軽重を見定めるとされています。
亡き者は生前に持っていた財産や飾りを全て捨て、身一つで閻魔大王の裁きを受けなければならないのです。

専求院の理念

専求院は愚者・利他・平等、この三つの理念を掲げております。

一、愚者

愚者とは・愚者を自覚すること。
ここでいう愚者とは教養がないということではありません。
人間は欲が深く愚かであると自覚し、反省する事によって自分を知り、真に成長するのです。
それは優しさを生み出すこととなり、争いもやわらいでいくでしょう。
世界平和の第一歩になります。

一、利他

利他とは・世のため人のために行動すること。
他人のために行動したり尽くしたりするのは簡単なことではないでしょう。
まずは自分にしてほしいことを他人にすることからはじまります。

一、平等

平等とは・庶民や女性には救いの道がないとされていた当時の仏教。
そんななかで、だれもが極楽浄土に往生し、平等に救われるという法然上人の念仏往生の教え。
生きとし生けるもの皆平等であるということ。
差別がない世界を目指します。

浄土宗の2つの宗紋

三つ葉葵

葵の紋浄土宗は昔、松平親忠(まつだいらちかただ=徳川家康公の7代前の方)公により庇護されました。そして江戸時代、家康公が時の浄土宗大僧正の源誉存応(げんよぞんのう)上人に深く帰依したことから、大本山増上寺が徳川家の菩提寺になり、徳川本家葵(本家三つ葉葵)を宗紋として使用することが認められ、以来、徳川家とは縁が深い関係を保っています。

大本山増上寺に納められている恵心僧都(えしんそうず)源信の作とも伝えられる阿弥陀如来像を家康公は深く尊崇し、陣中にも奉持して戦の勝利を祈願しました。この阿弥陀如来像が永い年月の間の香煙で黒ずんでいること、また、人々の悪事災難を一身に受けとめて御躰が黒くなったといういわれから、家康公が黒本尊と命名したといわれています。

家康公は元和二年(1616年)増上寺にて葬儀を行うようにとの遺言を残し、75歳で歿しました。
増上寺には、二代秀忠公、六代家宣公、七代家継公、九代家重公、十二代家慶公、十四代家茂公の、六人の将軍の墓があります。

月影杏葉

葵の紋浄土宗の宗紋は「月影杏葉(つきかげぎょよう)」と呼ばれる紋です。この杏葉は法然上人の生家の漆間家の紋に由来し、大正4年(1915)に、蕊(しべ)は、7個とし、宗歌「月かげ」の月を配した現在の紋が定められました。
宗歌の「月かげのいたらぬさとはなけれどもながむる人の心にぞすむ」という和歌は法然上人のご真作といわれています。

その詞書に「光明遍照十方世界といえる心を」とあるように、阿弥陀仏の光明は全世界をあまねく照らし、どんな人をも救い取るという慈悲の心を歌われたものです。

しかし、月が照り映えていても見ようとしない人には、阿弥陀仏の光明にも気がつきません。逆に月のない夜でも心に月を思い浮かべて月光を宿すこともできるのです。

信仰の世界では、仏心を受け入れる心が大切ですが、この歌は、月の光を眺める人の心としてそれをとらえ、お念仏をとなえるわたしたちを守りおさめとる阿弥陀仏の大慈悲を暗示した名歌といえましょう。

参拝案内

参拝時間

午前9:00〜午後5:00
※年中無休
※住職不在の場合もあります。
見学をご希望の方は事前に
ご連絡頂ければご案内致します。

住所

〒036-8364
青森県弘前市新町 249
■駐車場あり

お問い合わせ

電話:0172-32-7777

お問い合わせ

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